いつもありがとうございます。

店長の宮澤です。

2018年4月。
中野通りの桜は、花びらがきれいに舞っています。

中野通りの桜並木

毎年、繰り返されることですが何故か心が踊ります。
それと同時になんとも言えない寂しさも感じます。

人生も繰り返される日々をどう向き合い、どう過ごすのかを考えさせらます。

Japan Wellnessが始動したのは4年前になります。
きっかけは父の死でした。

病名は膵臓癌。

父を助けたい一心で医師とともにいろいろ手を尽くしましたが、残念ながら2013年10月3日に亡くなりました。

家族として、選択は間違ってなかったのだろうかと思うことがあります。

経営者でありながら膵臓癌になった父。家族である自分たちがどんな選択をして来たのか。
お読みになった方の選択肢の一つになればと思い書くことにしました。

父の家系は、全員長生き。
父方祖父の兄弟は、有難いことに9人のうち2018年現在、6人の大叔父、大叔母がご健在。
そんな家系ですから、親族で一番長生きをするのではないかと、自他共に認めていた元気な人でした。

毎日のように、以下のスケジュールで動いていました。

毎朝、池袋・講談社にある野間道場に剣道の朝稽古。

稽古が終われば、そのまま大田区大森にある全日本剣道道場連盟へ。
当時は事務局長という役職でしたので、全国の2000からなる剣道場の発展、そして少年剣士の育成に尽力。

午後になると、そのまま千葉・西千葉にある父が代表を務める司法書士事務所へ。
そこで司法書士業務を行い、19時半ごろまた東京に。

そのルーティンをほぼ毎日行なっていました。

2011年の末ごろより、業務拡大に合わせて司法書士事務所の法人化を目指すことになり、
年末から2012年年始にかけてさらに忙しくなりました。

当時の私は、司法書士事務所業務拡大の為、父に借り出され都内から千葉へ。
法人化のため関連企業との打合せ、業務システムの調整、業務フローの見直しなど、混沌の中で物事が進んでいく状態。
まさに「忙殺」という言葉が当てはまる日々を送っていました。

それでも父が亡くなってからの大変さに比べれば、前向きなことへの忙しさでした。
皆もとりあえず目の前のことを処理することで精一杯だったと思います。

2012年2月末。

道場連盟での業務を済ませ、千葉に来た父。
その日は調子が悪く、事務所の上にある自分の部屋で早めに休みました。

翌朝、前日に食べた食事があたったみたいで、夜中に七転八倒したとの報告がありました。

食堂で注文したものと違い、揚げ物が出て来た。
せっかく出て来たからそのまま食べたが、揚げ物が体調と合わなかったと。

それにしても少し様子がおかしいので念のため、事務所の前にある内科に行ってもらいました。

血液検査等をしてもらうと、黄疸が出ているので即、精密検査の必要ありとの診断。
大きな病院に行ってくださいと、紹介状も書いてくださり、その日のうちに千葉医療センターへ。

千葉駅から2Kmほどの距離にある病院。幸い事務所からも近かったので移動が助かりました。

担当医師が口にしたのは、即入院

これには驚きました。
しかし、この時はまだ病状がわからず、黄疸を無くす為に仕方ないのかな程度の考えでした。
そして肝臓の病気?程度の知識しかありませんでした。

父 家族とのお酒

病院に行く直前の日。子供の誕生日。
これが家族でお酒を飲む最後の日になりました。

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